博多駅筑紫口で待っていると、改札の向こうから笑い声が聞こえてきた。
まだ姿は見えない。
でも分かった。
たぶん今日のお客様だ。
声が近づいてくる。
そして現れたのは、四人組のおばちゃんだった。
いや、本人たちに言わせれば「お姉さん」かもしれない。
年齢は六十代くらい。
帽子をかぶった人、派手な花柄の服の人、リュックを背負った人、なぜか首から小さな双眼鏡を下げている人。
四人とも元気だった。
とにかく元気だった。
「おはようございます!」
私が挨拶すると、
「おはようございます!」
と四人が声を揃えて返してくる。
朝から賑やかである。
今日のコースは宮地嶽神社と宗像大社。
それから時間があれば道の駅むなかた。
東京に住む学生時代の友人同士で、毎年どこかへ旅行しているらしい。
「去年は金沢だったのよ」
「その前は松江!」
「その前はどこだっけ?」
「忘れた!」
車内が笑いに包まれる。
私はまだ出発していない。
宮地嶽神社へ向かう途中。
四人の会話は途切れない。
驚くほど途切れない。
話題は次々に飛ぶ。
孫。
健康診断。
テレビドラマ。
昔の職場。
アイドル。
野球。
パン屋。
気付けば全然違う話になっている。
しかし本人たちはちゃんと会話が成立しているらしい。
不思議だった。
宮地嶽神社に到着する。
「光の道ってここなのね!」
「テレビで見た!」
「写真撮ろう!」
「まず集合写真!」
そこから十分ほど、誰も歩かない。
ずっと写真を撮っている。
ようやく石段を登り始めたと思ったら、また止まる。
写真。
また写真。
さらに写真。
私は少し離れた場所で待ちながら思った。
観光地というのは、景色を見る場所ではなく、写真を撮る場所なのかもしれない。
参拝を終えて戻ってきた四人は満足そうだった。
しかし車に乗るなり、
「お腹すいた」
という話になる。
まだ十時半である。
私は海沿いの食堂へ向かった。
漁港の近くにある小さな店だった。
平日でも地元の人で賑わう。
海鮮丼が人気だ。
「わあ!」
料理が運ばれてきた瞬間、四人が一斉にスマートフォンを取り出す。
食べない。
撮る。
角度を変える。
また撮る。
ようやく食べ始めたかと思うと、
「美味しい!」
「これ東京だったら二千円じゃ無理!」
「三千円する!」
などと盛り上がる。
店主が聞いたら喜びそうだった。
宗像大社へ向かう途中、海沿いの道を走る。
玄界灘がきらきら光っていた。
すると後ろから声が上がった。
「あ!」
「何?」
「海!」
「今さら?」
また笑いが起きる。
車内の空気はずっとこんな調子だった。
宗像大社では少しだけ静かになった。
広い境内。
深い緑。
木陰を抜ける風。
四人ともゆっくり歩いている。
先ほどまでの賑やかさとは違う。
それぞれのペースで景色を眺めていた。
旅にはこういう時間も必要なのだろう。
参拝を終えたあと、私は提案した。
「時間がありますので、道の駅むなかたにも寄れますよ」
すると全員が即答した。
「行く!」
声が揃いすぎていて少し面白かった。
道の駅むなかたは大混雑だった。
野菜。
魚。
お菓子。
明太子。
お土産。
四人は店内へ吸い込まれていった。
私は駐車場で待つ。
十分。
二十分。
三十分。
まだ戻らない。
観光タクシーの仕事で学んだことがある。
女性の「ちょっと見る」は信用してはいけない。
四十分後。
ようやく戻ってきた。
全員、荷物が増えていた。
「買いすぎた!」
と言いながら嬉しそうである。
買いすぎている人はだいたい嬉しそうだ。
帰りの車内は少し静かだった。
朝から歩き回ったせいだろう。
四人とも窓の外を眺めている。
福岡の夏空。
田んぼ。
遠くの山。
海。
景色がゆっくり流れていく。
すると後ろから声がした。
「楽しかったね」
誰かが言った。
「うん」
「よかったね」
「また来たいね」
静かな声だった。
でも、それが今日一番印象に残った。
博多駅に到着する。
荷物を降ろす。
お土産が明らかに朝より増えている。
明太子だけで何箱あるのだろう。
「今日はありがとうございました」
私が頭を下げる。
すると四人も笑顔で頭を下げた。
「こちらこそ!」
「楽しかったです!」
「運転も上手だった!」
「またお願いしたい!」
最後まで賑やかだった。
改札へ向かう途中。
四人のうち一人が振り返った。
そして言った。
「また来年も来ようね」
残りの三人がうなずく。
「そうしよう」
「次はどこ?」
「糸島!」
「いいね!」
そのまま笑いながら歩いていく。
私はその背中を見送りながら思った。
旅というのは特別な出来事じゃないのかもしれない。
絶景を見なくてもいい。
高級ホテルじゃなくてもいい。
豪華な料理じゃなくてもいい。
気の合う友人と笑いながら過ごす。
たぶん、それだけで十分なのだ。
改札の向こうへ消えていく四人を見ながら、私は少しだけ羨ましくなった。
六十代になっても、あんなふうに笑い合える友人がいることを。
車へ戻る。
エンジンをかける。
空は青く晴れていた。
次のお客様はどんな人だろう。
家族連れかもしれない。
夫婦かもしれない。
一人旅かもしれない。
でもきっと、また面白い一日になる。
そう思いながら、私はゆっくりとアクセルを踏んだ。



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